パチスロのこれまでの発展と変遷
パチスロの最近の動向とその他の記録
パチスロを取り巻く規制は、1年1年でどんどん変わっています。21世紀に入ってからの最新の規制に関係した動きや、その他の意外な記録も振り返って見ましょう。
- 0号機
- 0号機が登場したのは1977年です。基準などもまったくない時代でしたから、極端にスベリのあるものもあれば、逆にスベリの少ないものもありました(目押しのできる人にしてみれば、この機種は攻略の格好の対象となっていたようです)。リールもギアで動かすようになっていた機種であれば、窓を押さえればリールを止めることができたものもあったとのことです。
- 0号機のゲーム内容
- 役は、ボーナスゲームと小役ゲームだけで構成されていました。ボーナスゲームで1度当たれば次回のボーナスゲームが高い確率で当たって、各店で設定された打ち止めまで続くようになっていました。もちろん、機種や絵柄によっては、単発で終わるボーナスゲームもありましたし、抽選などの理由があれば打ち止めの手前で元の状態に戻ってしまうこともありました。連チャンの規制もない時代でしたから、激荒の波を持っている機種もありました。中には、独特のリーチ目があるゲームもあって、リーチ目表(大量リーチ目タイプにつき、代表的なパターンだけですが)が貼り出されいることまでありました。このパターンは現在まで続いています。
- 0号機の時代の遊び方
- この頃は、制限なしで交換率が5〜7枚交換というものではありませんでした(パチンコのほうも、定量で打ち止めすることが当たり前の時期だったのです)。ボーナス1回ごとに交換し、交換率も10枚交換などの店がたくさんあったものでした。メダルの貸し出しの単価や機械の仕様などは統一されていませんでした。都道府県単位でレートをそれぞれ設定していたり、そのレートに合わせて、打ち止め枚数などの仕様も都道府県ごとに違っていたものでした。都道府県ごとで規制のかかり方も違うのですから、同一の機種をやったとしても、ゲーム内容が都道府県ごとに違っていることも少なくなかったのです。現代よりも不統一なものが多い時代でした。
RESPECT